加悦SL広場加悦SL広場

展示車輌紹介

日本で2番目に古いSLをはじめ、珍しい車輌がぜんぶで27両も!
見て、乗って、さわって、お楽しみください。



  :重要文化財  「123号蒸気機関車」 (2005年)
  ★:与謝野町文化財指定車両(2003年)11車輌
  ★:日本産業考古学会 産業遺産認定車両(2000年)7車両
  蒸気機関車 (全6輌)
2号



修繕中
世界で初めての都市間鉄道(リヴァプール・マンチェスター鉄道)を開通させた英国最古参機関車メーカー Rt.Stephenson製。
明治7年(1874)開通(関西で最初)の大阪−神戸間で活躍し陸蒸気(おかじょうき)の名前で親しまれていた。文明開化と共に日本鉄道の黎明期を支えた機関車である。
明治45年鉄道院時代に「123号」に番号変更
大正4年(1915)簸上鉄道(島根県)に払下。創業に伴い購入。
加悦鉄道の2号機となり 昭和31年(1956)まで稼動し加悦鉄道では297,800キロを走行。

製造会社:Rt.Stephenson(英) 1873年6月製造

重要文化財 「123号蒸気機関車」
 
  (2005年6月 車暦簿(機関車台帳)とともに
         国の重要文化財として指定されました)

2号機関車

123号機関車台帳
4号
河東鉄道(長野電鉄)の3号機。昭和9年(1934)に同社より譲受。昭和15年(1940)空気圧縮機、空気ブレーキ取り付け。昭和42年(1967)まで稼動。旅客、貨物輸送に最も活躍した機関車。
製造会社:川崎造船所兵庫工場 1922年4月製造
4号機関車
1261号
簸上鉄道(昭和9年国鉄が買収)が同型機2輌(1260、1261)を発注、使用していたのをニッケル鉱石輸送用として昭和18年(1943)2輌とも国鉄より譲受け、鉱山で使用。戦後余剰となった1輌(1260)は昭和電工富山へ売却。昭和42年(1967)まで稼動。
製造会社:日本車輌株式会社 1923年2月製造
1261機関車
C57189 昭和48年国鉄より加悦町が展示用として借用。日本の近代蒸気のうち最も端麗とされ、その姿の美しさから”貴婦人”と称して親しまれていた。2C1テンダー機。製造数201輌。
製造会社:三菱重工三原製作所 1946年11月製造
C57189
C58390 昭和50年国鉄より加悦町が展示用として借用。唯一の本格的テンダー式1C1形。北海道で昭和50年(1975)7月まで稼動。愛称プレーリー。製造数427輌。
製造会社:汽車製造株式会社 1946年7月製造  
C58390
103号 長門鉄道を経て、昭和22年(1947)東洋レーヨン滋賀工場で入替用に使用、昭和39年(1964)まで稼動。同年、宝塚ファミリーランドへ寄贈され、カウキャッチャーなど整備されたのち展示保存されていた。
製造会社:H.K.PORTER CO.(米) 1915年10月製造
103蒸気機関車

 内燃機関車 (全5輌)
DB201
修繕中
戦後、石炭価格の高騰に伴う運転経費の増大に対処するため購入。蒸気の足回りを利用した草分け的ディーゼル機関車。森製作所製機関車の唯一の生き残り。”森ブタ”の愛称で親しまれている。
平成11年動態化復元に成功。
製造会社:株式会社森製作所 1953年2月製造
DB201
DC351 蒸気機関車廃止後の工場側線用として譲受。
製造会社:汽車製造株式会社 1956年3月製造
DC351
DB202
日本冶金川崎で、構内側線、神奈川臨海鉄道で昭和59年まで使用。
動態保存。
製造会社:株式会社日立製作所 1963年製造
DB202
TMC100 保線用として譲受。方向転換もできるラッセル併用多目的車輌。
動態保存。
製造会社:富士重工宇都宮工場 1961年製造
TMC100
KD-4 戦後の小型ディーゼル機関車で、”森ブタ”と並ぶ人気。”カトーくん”の愛称。平成11(1999)年入線。加悦鐵道保存会所有。
製造会社:加藤製作所 1956年製造
平成20年9月動態化に成功

KT6

 内燃動車 (全4輌)
キハ101
加悦鉄道10周年を記念して新造した半鋼製片ボギー車。
貴重な三軸車。第2次世界大戦中は木炭を燃料にしたこともある。
2004年4月、動態化復元に成功。
製造会社:日本車輌株式会社 1936年11月製造

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キハ101
キハユニ51

芸備鉄道(昭和12年国鉄が買収)発注40900形キハユニ18。昭和27年(1952)舟木鉄道(昭和36年廃止)へ払下。昭和37年(1962)譲受、改造後キハ51。昭和60年まで稼動。平成6年キハユニ51に修復。ローカル線専用のデッキ付き。
製造会社:日本車輌株式会社 1936年10月製造
キハユニ51
キハ083 木造大型三等客車オハ62130を、昭和30年(1955)に国鉄盛岡工場で鋼体化改造、さらに昭和37年(1962)に苗穂工場で気動車化した3輌のうち唯一の生き残り。釧路に配属後昭和49年(1974)譲受。輌運転台。二重窓耐寒仕様。昭和60年まで稼動。
製造会社:国鉄盛岡工場にて改造 1955年製造
キハ083
キハ1018 大量輸送ディーゼル車の草分け。加悦鉄道で最後まで走りつづけたディーゼルカー。現存する数少ない10型。
製造会社:帝国車輌株式会社 1956年2月製造
キハ1018

 付随客車 (全6輌)
ハ21


明治26年(1893)製の台車に、昭和10年(1935)車体部分を新造。昭和47年(1972)まで現役で稼動。平成12年(2000)車体部分の大修理を実施。
製造会社:鉄道省 新橋工場 1893年製造
ハ21
ハブ3


ドイツ製木造緩急車。大正11年(1922)に鉄道省より伊賀鉄道へ払下後、加悦鉄道の創業時に入線。修理後、昭和2年(1927)に竣工した。荷物室を備えた緩急車。昭和45年(1970)の大阪万博にドイツ製機関車クラウスとともに出展。
製造会社:Van der Ziepen(独) 1889年6月製造
ハブ3
ハ4995


いわゆる「マッチ箱」とよばれた非貫通型超古典客車。昭和10年(1935)廃車、留置。昭和45年(1970)修復工事を実施し、展示。平成2年(1990)車体部分の大修理を実施。
製造会社:鉄道省 新橋工場 1893年製造
ハ4995
フハ2


修繕中
木造欅張り、SL広場で最も軽量な木造客車。平成3年(1991)車体部分の大修理を実施。加悦鉄道の創業時に入線
製造会社:名古屋電車製造所 1916年2月製造
フハ2
ハ10


創業に伴い新造(伊賀鉄道発注車を譲受)。二重屋根を持つボギー台車で、客室は二等、三等に別れている。昭和43年(1968)まで稼動。現役当時はニ、三等室の仕切りを取り外して使用。平成6年(1995)新造時の状態に復元。
製造会社:大阪梅鉢鉄工所 1926年11月製造
ハ10
サハ3104 キハ083稼動までのつなぎとして譲受。元は電車であったが、加悦鉄道では客車として昭和47年(1972)まで朝夕時のみ稼動(3年間)。その後側板を撤去し、休憩車として利用。平成7年(1996)移転に伴い、”カフェトレイン蒸気屋”に改造。
製造会社:藤永田造船所 1925年1月製造
サハ3104

 その他の車輌 (全6輌)
電動客車
モハ1202
平成7年まで南海電鉄貴志川線で活躍した1201形。600V、吊掛式モータ。SL広場唯1量の電車。休憩車として活用。
製造会社:南海電鉄天下茶屋工場 1933年製造
電動客車モハ202
無蓋貨車
ト 404
遠州鉄道が保線資材運搬用として平成11年まで使用。加悦鉄道保存会が譲受け寄贈。
製造会社:汽車製造株式会社 1923年製造
無蓋貨車ト404
ラッセル車
キ165
山陰線で活用した雪掻車。後部に連結した蒸気機関車より動力と圧縮空気を供給される。昭和56年加悦町が展示用として国鉄より借用。
製造会社:国鉄土崎工場 1938年12月製造
キ165
車掌車
ヨ2047
日本最古の車掌車。同型機は現存しない。貨物列車の最後部に連結し車掌が乗務する。昭和56年加悦町が展示用として国鉄より借用。
製造会社:汽車製造株式会社 1937年製造
ヨ2047
有蓋貨車
ワブ3


室内に手ブレーキを備えた数少ない木造屋根付き貨車。
製造会社:大阪梅鉢鉄工所 1926年製造
ワブ3
京都市電
N5号
明治28年(1895)京都の七条駅−伏見間に日本最初の電車として開通。昭和36年(1961)京都駅−北野神社間の廃線によって廃車、北野線所属28両中の23号車が宝塚ファミリーランドへ譲渡、展示されていた。
製造会社:梅鉢鉄工所 1910年頃製造
京都市電

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